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逆行日記<第1話>

仕事の最中、夢飛行に際してよく通るゲートのようなもの(うまく説明できない)があります。

C・D・フリードリヒ(ドイツ・ロマン主義の画家 1774-1840)

参考図版
ドイツ・ロマン派画集/国書刊行会 他
TCM's Caspar David Friedrich Gallery

私の夢想の門のイメージは、フリードリヒの描く風景画に近いものです。
この画家の絵を初めて画集の中に見た時、気が遠のいてページをめくる手が彼方にあるようでした。
(これはやはり私の『門』に違いない!)
そして一枚、また一枚とフリードリヒの絵に遭遇しては感動を深めて、いつの間にかそれは聖域となっていました。

子供の頃、外で遊び疲れて帰宅する時に感じていた、いつもの風景・・・夕日を浴びた真っ黒な木々、陽と同じ色に光る家の窓。
鳥や犬のかん高い声。ピアノ教室のぎこちない音。
仲間と別れた寂しさと開放感が入り交じった思い。
無我夢中で遊び興じた事より、その余波にノスタルジーを感じてしまうのは何故でしょうか。
持ち前の美化癖でそんなたわい無い情景が時を経てフリードリヒの絵画に通じた神聖な世界に様変わりしてしまう。
・・・相当おめでたい話ですね。

雑談をしていて不意に返事が億劫になり、ぼ〜っとしている時は多分ひとり例の門柱に寄りかかっていたりします・・・それは大目に見てもらいましょう。
場をしらけさせた言い訳に夢の風景を案内出来たらいいのですが。
冗談のようだけれど人形を媒体にすることで幾らかは叶っているように思います。

実は最近までずっとフリードリヒを19世紀末の画家だと勘違いしていました。
A・べックリンやM・クリンガー(ともにお気に入り)の絵と共通した心象的な風景画ではありませんか。


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